2012年5月30日水曜日

桜とカラマツ

かけあしで、春が終わろうとしている。

いつまでもいつまでも寒くて、うんと遠くまで探しに行かないと来てくれないのではないかと思っていたけれど、振り返ってみたらちゃんと横に並んでいて、いつもと変わらぬ笑顔の春。

これは、私の桜。

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家のすぐそばの牧草地に、ひっそりと佇む桜。
雨の日も、風の日も、冬の突き刺すような寒さや吹雪にも耐え、いつも動かずじっと人々の暮らしを見つめてきた1本の桜。朝に夕にその健在を確かめて、心の中で挨拶を送る大切なこの木を、そっと「私の桜」と呼んでいる。

これまで、この木が傾いているのは冬の冷たい風になびいているせいだと、漠然と思っていたけれど、ある時ふと気がついた。
桜が枝を広げた方から、冬の風が吹いていることに。
冬の風はいつも一定の方向から吹く。この写真では、右の方から風が来る。
桜は、風にたなびいているのではなく、風に立ち向かうように枝を広げていた。


ようやく本当の春が始まりかけたばかりの先月の終わり、大切な友人が不慮の事故で虹の橋を渡ってしまった。
川の畔のステキなストローベイルハウスに住んでいた。
釣りが好きで、とても優秀な料理人で、ディジュリドゥの名奏者で、家でも家具でも作ってしまうほど器用で、誰からも愛された友は、まだ幼い息子と、小さな命を宿している妻を残して旅立った。

あまりにも突然の悲しい出来事だったので、春が来ていることにも気がつかないうちに、くるくると時計の針だけが進んでいた。悲しみの中でも、ちょっと立ち止まって横を見て、ちゃんと春が来ていることは心の隅で分かっていたのだけれど、春というのは嬉しいものだから。嬉しさと喜びがセットでやってくるものだから。だから。

そして、今年も桜が咲いた。
友人の初めての月命日には、満開の桜が吹雪となってソラへ昇り始めた。


この春、初めて気がついたことがある。
それは、新緑のカラマツの美しさ。

これまで、雑木を切り倒して整然と植えられたカラマツには、一度だって良い印象を抱いたことはなかった。
森歩きをしていても、カラマツの森には楽しいことがひとつもないのだもの。
手入れもされないままの荒れ放題の森が多く、暗くて、動物たちもいない。
おまけに、秋になると大量の、針のようなちくちくとする葉を落とす。それは、秋の最後の収穫を迎える畑に降り注いで、白菜の葉っぱの間にも容赦なく入り込む。

でもどうだろう。
この春の新緑のカラマツの美しさは、この地に来て初めて気がつく美しさだった。

まっすぐに立ち、家や畑を風から守りながら、ずっとここにいたんだね。

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森も大地も、輝くように美しい翠に染まっている。
北国は、誰もが忙しく動き出す季節がやってきた。

山も、大地も、ほら。

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さあ私も頑張ろうっと。
前を向いて、ね。

さなえ
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また逢う日まで…
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