2011年1月22日土曜日

お風呂の「卒業」

連日、寒い日が続いている。
シーズンの最低記録は-30℃にも届くことがあるこの地であれば、‐20℃くらいは驚くに値しない。けれど、やはり寒いものは寒いのであって、限りなく氷点下に近い台所で食事を作っていると、いつの間にか歯や肩が痛くなってきたりする。それはどうも、自分でも気がつかぬうちに奥歯を噛みしめていたり、肩をすくめていたりするからだと、最近気がついた。

けれど、どんなに寒い台所であっても、靴を脱いで居間への扉をくぐりぬければ、そこには薪ストーブの熱がすみずみまで行き届いた暖かな空間があり、子ども達の歓声が響いている。
この小さな暖かな空間に、いつでも逃げ帰ることができるから、少しくらい寒いところがあっても平気なのだと思う。

だから、決して寒さには強いとは言えない私でも、寒さが嫌いかと言うとそれは断じてチガウ。
よく冷えた朝のぴーんと張り詰めた空気や、風の無い日の耳が痛くなるほどの静けさ、天から舞い降りてきたような儚い樹氷、まるで生き物のように凍てついた道路を這い回る雪けむり、ひとつひとつの風景がいつの間にか大切に切り取られて、私の心の美術館に蓄積されている。


凍えるような寒さの夜、冷えた身体を温めてくれるのは、薪ストーブとお風呂。
だが、我が家にはもう15年来お風呂が無い。
そんな我が家のお風呂は、10km先の屈斜路湖のほとりの温泉、通称「Kセンター」。それはもう見事なまでに素っ気ない行政的建物の中に、5人も入ればぎゅうぎゅうの浴室が2つあって、夜は9時まで住民のために開放されている。
そして特筆すべきはここが無料であることであって、家族全員が同じ時間に入浴できることもありがたい。

この魅力的な施設があるおかげで、何度となく浮上している「お風呂作成計画」は、いつの間にか立ち消えになっている。

この「Kセンター」の温泉は、住民のための施設と言うこともあり、見知らぬ人に出会うことはまず無い。けれど、お互いが気持ちよくお風呂を使うために、掲示されていないローカルルールがいくつかあって、その中にひとつに「男の子は、小学生になったら男風呂に入る」というのがある。

我が家でもこのルールに則って、ガッテンと小6の長男が男風呂、私と年中さんの次男が女風呂に入っていた。しかし数ヶ月前に、突然「今日は男風呂に入る」と言い出した次男は、一度出て行ってしまうと、もう次から女風呂に入ることは無くなった。
たまには一人でゆっくりお風呂に入りたいなぁ~とあれほど思っていたのに、何か手持ち無沙汰だ。誰もいないから静かだし、あっという間に身体も洗い終わって、湯船にじっっっと入っているのも退屈だ。

ああ、男風呂は賑やかだろうなあ…
次男の「卒業」で静かになったお風呂で、子ども達の成長を感じるこの頃だった。


「Kセンター」は住民のための施設だから誰でもと言うわけにはいかないけれど、屈斜路湖の畔には他にも温泉がたくさんある。
ほんのわずかの距離でも泉質が違い、温泉好きには天国だという。

明日からわっかでも冬のプログラムが始まる。
山や森で心を開放した後は、ゆっくり温泉に浸かって温まっていってほしいなと思う。

さなえ
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★追伸:
来る2月7日、農と未来について考えるステキなお話会を開催します。
ぜひ皆でゆんたくしましょう! >>詳細はコチラです。



2011年1月15日土曜日

小さなジチカイ

私の住む弟子屈町には、全部で36の自治会がある(たしか)。
その中でいちばん小さな自治会が、ここ札友内自治会だ。

小さな、というのはむろん面積ではなくて、世帯数のことであって、
札友内自治会は、加入世帯18戸で、面積こそ広いがダントツの最少自治会だ。

自治会の役割はいろいろあると思うのだけど、都市と農村ではその意味合いもだいぶ異なるのではないかと思う。
ここでは、一軒一軒の家は遠く離れていることも珍しくないけれど、家々の結びつきは都市よりは深い。ことに自然環境の厳しい場所であればなおさら、困った時にはお互い様、隣人の存在が何よりありがたかったりもするのだ。

自治会に入っていると、町の広報誌が、自治会の役員により毎月届けられる。新年と春には、それぞれささやかな宴も催される。誰かが亡くなった時には、全員でお通夜と葬儀のお手伝いをして、送り出す。幸い、まだ利用したことはないけれど、災害時には集落の会館を避難所として利用することも想定されている。

「めんどくさい」の象徴のようにも言われる自治会活動だけど、やっぱり小さな集落には大切なことでもあって、田舎暮らしには欠かせない。

その自治会で、昨年の初めより我が家が副会長を仰せつかっている。
副会長、と言っても「会計」と「事務局」を兼務しているのであって、いわば「なんでも雑用係」だ。だから当然と言えばそれまでなのだけど、さまざまやることが多いのに驚きっぱなしだ。

前述の集落会館の管理、通帳や出納簿の管理、あれやこれやの買出し、総会議案の作成、いろんな会合への出席などなど。今まで誰かがやってくれていたことがいかにありがたかったか、しみじみ感じてしまう。

今週、大仕事の「自治会総会」が終わった。
議案の作成や印刷、ご馳走や飲み物、お菓子の手配も滞りなく済み、誰よりも私がほっとしている。。。

それで、この自治会では、他の自治会とは違っていることがひとつあって、
役員の任期は2年!ということ。
…ということは、ということは、まだあとたっぷりと1年あるということ!

それから、会長・副会長は、その次の任期では監事を務めることが決まっていて、
…ということは、あとまだたっぷり3年は役員が残っているということであって。

それでもって、世帯数18戸のうち、役員6戸なのだけど、高齢や処々の事情などで役員を務めることができない家庭を除くと、また多分すぐに役員が廻ってくるということであって。

学び多き役回りを楽しんではいるのだけれど、、、
あと10軒くらい引っ越してきてくれないかしら~…
などと夢見たりするこの頃なのでした。

さなえ
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2011年1月9日日曜日

若水から始まる一年

110101top 新しい年が始まって、もう一週間も経ってしまったのだけど…

あけまして おめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。


さて、私の2011年は、朝起きて一番に井戸の前まで行き、「若水」を汲むことから始まった。

本当は、水を汲むまでは誰とも話さないのが決まりなのだけど、布団の中で子ども達に話しかけられて、無視するわけにもいかないのでいろいろ話してしまい…ま、そこのところは目をつぶって頂くことにして…。
風の強い朝だったけれど、雪に埋まりつつ井戸の前まで歩いていき、新年のご挨拶をしてから汲ませて頂いた。

元旦の朝に井戸から汲んだ「若水」は邪気を払う力があると言われている。
私たちも順番に頂き、もうすぐ赤ちゃんが産まれる友人にも届け、これでいい一年が過ごせそうな気がした。

個人的にも、この「若水を汲む」ことが一年の始まりであったことは、とても意味がある。

昨年より、この町の今後10年の進む方向を決める「総合計画」の策定審議委員を仰せつかり、今までに何度か町の将来について意見を述べる機会を頂いていた。

難しい10年だと思う。
今8000余人のこの町の住民が、10年後には一体何人になっているのか。
人口減、若者の流出といった過疎化の問題を抱える市町村はいずこにもある。けれど、この町には、豊かな自然環境がまだ残されていて、これを次の世代に残さなくてはならない。それだけは、必ずやらなくてはならない。

しかし、今道内の他市町村では、水源地の森が失われていく事態に直面している。
いずれ世界では水の争奪戦が起こると言われている。先を見越した外国資本が、水源地を買い漁っている。
弟子屈町にとっても、対岸の火事では決してない。

国有林を含む多くの森をかかえる弟子屈町だけど、もちろん「問題」は外資だけではない。
生活苦あるいは資金難から、所有する森を売る人も多い。
外資が森を買うこと、あるいは、民有林を売ること、これらを規制する条例は、今のところ何も無いのだ。

水を守ることは、森を守ること。
森を守ることは、暮らしを守ること。

だから、水を守りたい。
摩周湖、屈斜路湖、釧路川、数え切れないほどの源泉、井戸、湧き水、
ここが「水がめの町」であることは、川づくりを考える活動の中でいやと言うほど思い知らされた。

出来ることは小さなことかもしれないけれど、
少しずつ、少しずつ、
一歩ずつ、一歩ずつ、
前に向かって歩く年にしようと思う。


今年もたくさんの出会いを楽しみに、北の大地から小さな声を発信していきますね。

さなえ
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2011年1月1日土曜日

大晦日に。



20101230164614  一年で最後の日、大晦日。

数日前からお菓子屋さんの店頭にも
「口取りあります」
という張り紙をちらほら見かけるようになり、年の瀬を実感する。

「口取り」というのは、北海道独特の郷土菓子で、おせち料理などを模した縁起物のお菓子で、宝船や松竹梅などを模したものもある。

この「口取り」は、残念ながら一度も伺う機会がなかったので、どのようにして頂くものなのか、お供えするのか否かを含め謎だらけである。今度誰かに聞いてみようと思う。

大晦日の夜は、北海道ではご馳走を頂く慣わしだ。一年無事に過ごしてこれたことに感謝をして、「年取りの膳」を華やかに用意する。

初めてこちらでお正月を迎えた時には、大晦日のスーパーの特設コーナーにずらりと並べられたご馳走やお寿司、焼肉やすき焼きの食材などに圧倒された覚えがあるけれど、今ではすっかりお馴染みの光景となっている。

考えてみれば、大晦日の夜の食卓については、幼い頃の記憶も曖昧で、特にご馳走を頂くという習慣もなく過ごしていたように思う。けれど、確かに一年を無事に過ごせたということは、新しい年を迎えるということと同様におめでたいこと、ありがたいことであって、数年前から我が家も北海道式に、大晦日の夜は一年に一度の「すきやき」と決めて過ごしている。

そして、すきやきを食べることに決まっているというのは、献立を決める必要もないし、準備もそれほど要らない。おせち料理を作ったり、まだ残っている大掃除を片付けたり、あちらこちらにご挨拶したり、何かと忙しい大晦日にはぴったりの食事なのでもあった。

今年も、窓の外の雪を眺めながら、一年無事に過ごせたことに感謝して、ささやかなお祝い膳で今年を締めくくろうと思う。

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今年も多くの方にお世話になりました。
ありがとうございました。

皆さま、どうぞよいお年をお迎え下さい。
来年もステキな年になりますように。そして、またどうぞよろしくお願い致します。


さなえ
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