たっぷりと雪に包まれたにどむの里。
すっかり、しっかり冬景色。
それにしても、この時期の寒さは格別だ。12月だというのに、今年は既に-20℃を観測している。身体も寒さに慣れていないから堪える。一体「温暖化」というのは、何のことかと思う。
毎年やってくる年の瀬だけれど、今年はちょっと特別。
なぜなら、今年は初めて「鏡餅」を自分たちの手で搗いて迎えることにしたから。
そして今日は12月28日。
古くから、お餅を搗くのはこの日と決められている地域が多い。
末広がりの八のつく日であることや、29日は九(苦)のつく日として嫌われること、あまり遅くに飾るのは「一夜餅」と言って礼を失することになること、などがその理由。
薪ストーブにセットした羽釜に3段積み上げた蒸篭で、6臼分のお米を蒸す。息子の通う保育園で貸して頂いた臼と杵で、ぺったらこ、ぺったらこ、と搗く。
蒸し係、搗き手、手返し係、丸める係、集まった大人9人+小さな子ども達で交代しながらお餅を搗いていくと、自分の家でありながらしみじみといい空間なのだった。
「鏡餅」用には、米の粒がまだ残るくらい固めに搗いたお餅を使う。
食べる用のお餅は、柔らかくよく伸びるように搗きあげる。
なんていばって言うけれど、これは今回初めて知ったことであって、やってみて初めてなるほどなぁと身体に沁み込むことなのであった。
出来上がった6個の鏡餅は氷点下の外で急冷。
整列しているお餅は、どことなく雪だるまのようでもあり、かわいい。 鏡餅の3臼が終わると、後はこの日に食べる分と、熨して持ち帰る分。
搗きたてのお餅は美味しくて、いくらでも食べられる。
きなこ、あんこ、大根おろし、納豆、黒ゴマ。子ども達も競うように頬張っていた。
窓の外は穏やかな冬晴れ。
お餅つきの後は、皆で外に出て、弓で的当てを楽しんだ。
大人たちは弓道の弓矢を使って、子ども達は柳で作った小さな弓と、葦の矢で。
矢を射るごとに歓声が上がり、男たちは次第に本気に。。
童心に戻って、と言うべきか、狩猟民族の時代まで戻って、と言うべきかは意見が分かれるところだけれど、大人も子どもも楽しい年の瀬の1日となった。
神事、信仰、しきたり、慣わしなどとはほとほと無縁の家庭で育ったけれど、年を重ねるごとに、古くから伝わる物事の良さに気づかされる。
こうして、自分たちの手で搗きあげた鏡餅を古くから伝わる通り12月28日に供えることができたので、きっと良い年を迎えられそうだと思う。
あとは、あとは、家中の大掃除が終われば…。
さなえ
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ところで、ツイッターというものを始めてみました。
やり方が全然分かりません。
でもとりあえず、つぶやくことは出来るようになりました。
ツイッターをやっていない人も、つぶやきは見ることが出来ます。
http://twitter.com/sanae_wakka
北の大地のつぶやき、良かったら見てみてくださいね。
2010年12月29日水曜日
鏡餅
2010年12月11日土曜日
伐採木のプレゼント
12月の初め、毎月配られる町からの広報誌にはさまった一枚のお知らせが目に飛び込んできた。
「伐採木(雑木)をお譲りします」
ぺらりとはさまったその紙には、現在新築中の弟子屈中学校校舎の造成に伴い、予定地に生えていた木を伐採したこと、2mほどの長さにカットされた雑木が750~800本ほどあり、それを希望者に無料で配布すること、などが簡潔に書かれていた。
薪ストーブ暮らしの我々には、願ってもない朗報。
これは絶対に行かねばならぬと、お知らせの紙は目立つところに貼り付けて、配布の予定日時を待っていたのだった。
そして、昨日。
お知らせに書かれていた、配布の日。
記載された10時の5分ほど前に、会場の中学校グラウンドに行ってみましたらば、既にたくさんの人が集まっていたわけで… 我々の後からやってきた人たちも合わせ、その数ざっと100人くらい?圧倒的に「おじさま達」が優勢だけど、女の人もちらほらと。
でも…
800本÷100人 =1人8本??
件の雑木は、すり鉢場に低くなった土砂の滞積所とおぼしき一角に山積みになっている。直径30センチはあろうかという太いものから、数センチの細いものまでさまざま。種類ももちろんさまざま。
山積みになった雑木を前に、回ってきた受付簿を記入しながら皆でわいのわいの話していると、やがて町役場の人がやってきて、説明を始めた。
「皆さん、今日はお集まり頂きありがとうございます。
実はこれほどのたくさんの方に来て頂けるとは、全く予想しておりませんでしたので、正直我々も驚いております。
ここにあります木は、中学校の工事に伴い支障となる木を伐採したもので、当初はチップ工場への売却を検討しておりましたが、売却しても運搬費用を考えると結局赤字になるということでしたので、このような形で町民の皆さんに無料でお譲りすることにしたわけです」
役場の英断にパチパチパチと心の中で拍手を送っていると、続けて説明があった。
「公平を期するために、1世帯1名とさせて頂き、くじで番号を引いていただきます。番号順に入場しまして、まずは1名5本、1名5本の木を選んで頂き、全員が終わりましたら、残った木につきましてまた配布の方法を考えたいと思います。選んだ木につきましては、各自で運搬をお願いしますが、本日の運搬が難しい場合は、あちらの白樺の下に、各自分かるように置いて頂ければと思います」
空はぴかぴかの青空で、風もない。
おだやかな初冬の陽だまりの中で、くじが出来るのを待つ。
ガッテンと私は二人で来ていたけれど、くじは1枚。木は5本。
やがて、くじを手にした役場職員が現れて、運命の1枚をひいたらば、番号札は「10」。
運良く、最初に「入場」が許される15組の中に入れて頂くことができたのだけど…
結論を言ってしまうと、くじの番号はどうでもよかった。
順番どおりに入場したのは、最初の2群ほどであって、その後は、先に入った組の人たちや、先に入った組の友人達を手伝おうとする後の組の人たちや、運搬を諦めて帰ってしまった人たちなどが続出して、どうにも収拾がつかなくなってしまった。
おまけに、残った全員が5本ずつの木を運び出しても、まだ会場には最初とほとんど姿を変えていない雑木の山が残っていたのであって、
「おう、どんどん運んでもいいべや」
と誰ともなく言い出したものだから、もう本数を数えている人もなくなり、運べるだけ運ぼうという方針が暗黙の了解となっていった。
けれど会場の空気が殺伐としていたかというと、決してそんなことはなく、重い木を皆で協力して持ち上げたり、土手を登るのに苦労している人を助けたりして、和やかに、かつ確実に雑木の山は小さくなっていった。
もしここにあるのが雑木の山ではなくてジャガイモの山だったとして、もしここにいるのが「おじさま達」よりも「おばさま達」が多勢を占めていたとするならば、こんな風に穏やかな空気にはならなかったのだろうなぁ…
かつて毎年行っていた「いもほり会場」の、我も我も押すな押すなの戦闘さながらの状況を思い浮かべつつ、その様子を感心しながら眺める私だった。
それにしても、おじさま達の木を見る目は確かだ。
長さが揃えられ、枝も払われた雑木の山から、確実に「いい薪」を選んでいく。
私の手にした木を見ると、
「おぅ、そりゃぁナラだ。最高にいいぞ」
と声をかけてくれたり、
「ここにいいイタヤがあるど。これは炭にしたらナラと同じくらい最高なンだ、持って行ったらいいべや」
と「いい木」を選ぶ手伝いをしてくれたりする。
ちらりと一瞥しただけで樹種を判定できるのは、長年に渡って木と付き合ってきた経験なのだろうけれど、すごいなぁとただただ感心してしまう。
雑木の山には、シラカバ、ドロノキ、アカエゾ、ニレ、ナラ、ハンノキ、カラマツなどさまざまな種類の木があったのだけど、やはり薪として人気があるのは、火持ちがいいナラやニレなどの雑木。反対に人気が無いのは、腐りやすくて火持ちの悪いシラカバや、強い火力で短時間!のカラマツなど。
友人たちの運搬を手伝ったりもしつつ、1時間ほどかかって、ハイエースいっぱいの薪を積み込んだ。
ずいぶん小さくなった雑木の山には、まだカラマツばかりが(笑)たくさん残されていたけれど、私たちは悔いなく会場を後にした。
半日がかりで運んだ薪は、1週間分といったところ。
写真を撮っておこうと思ったのに、私が一緒に行った友人宅へ運搬の手伝いをしに行った1時間ほどの間に、働き者のガッテンの手によって、運んだ薪は全て切られ、割られ、積まれていた。
先日頂いた薪と合わせて、1か月分の薪が集まった。
来冬用の薪は、あと80日分、調達の必要あり。
さなえ
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2010年12月8日水曜日
漁港にて
なかなか雪がやってこない。
けれど、でっかい低気圧がやってきて、大雨はやって来たのであって。
「嵐の次の日は、漁港に行くといいことがある」
四方から聞こえてくるその「イイコト」を確かめに、この日私たちは車を走らせた。
曰く、
「嵐の次の日にオホーツクの砂浜行ったらよぉ、あれだ、ホタテ。いっぺぇ~落ちてるンだ?」
「海の荒れた日の翌日に、港の斜路んとこで、いっぱいサンマすくったんですよ~」
「冬だったら、砂浜にも落ちてるんだワ、魚」
などなど。
話を聞くたびに妄想はふくらみ、だけどなかなか時化の翌日にうまく出かけることが出来ないでいた。でも、大荒れの翌日のこの日は日曜日。しかもオフシーズン。
「今日でしょ」
「行くしかないっしょ」
いそいそと竿を車に積み込み、出発した。目指すは知床。
し~れとこ~でさっかな~つり~!
途中のホームセンターで、1,980円のタモ網とエサを購入。
海辺の道を快調に進む。
しかし波が高い。大丈夫だろうか…。 不安を感じつつも漁港に下りると、防波堤にぐるりと囲まれた漁港はどこまでも穏やかで、師走とは思えない陽だまりに、先客が何名か。
何を釣っているのかしらと近づくと、皆さん、背丈の倍はあろうかという太くて長いタモ網で、ワカサギほどの小さなチカをすくっているのであった。
しかも、エサは撒き餌。
獲物が何であるかを知らぬままこの地にやってきた我々は、早々にタモ網作戦を断念せざるをえなかった。1,980円のタモ網は、あまりにも短かったし、撒き餌もなかった。
しからば、竿だ。
そうだ、我々には竿がある。
そういうわけで、恐る恐る竿を出してみると、これが面白いほどに釣れるのだった。
糸の先に鈴なりになった疑似餌及びサシ餌に向かって、チカの集団が我先にと群がってくる。その様子をじっと岸壁から見ながら、頃合を見て竿を上げると、1~4匹のチカが釣れるのだ。
しかし何とも悲しいことに、我々の竿についた針はサンマを想定していたため、小さなチカの口には少し大きすぎた。
チカは何度も針先の餌にトライするのだけれど、針が大きくてうまく飲み込めない。さらに、肝心の竿が、釣手3人に対して1本しかない。そのため、チカが集団で群がっていて、なおかつ針もたくさんぶらぶらしているのに、どうも釣果の方は淡々ボチボチなのであった。 けれど、5歳になったばかりのシュウシュウにはそれでも充分過ぎる釣果で、真剣そのものの表情で竿を出したり、魚から針を外したり、しゃかりきに働いていた。
やがて、隣りで魚の大群を次々すくいあげている立派なタモ網のおじさま達から、魚のプレゼントがあり、クーラーボックスの中は一気に賑やかになった。
もうこの辺でよかろう。
夕食には充分過ぎるほどのチカがやってきた。
大満足の我々は帰路についたわけで。
めでたし、めでたし。
「魚がちっちぇ~から、針はずすの大変なんだ?」
さなえ
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